珪藻トピック (2014年7月7日掲載)

第5回:過去の巨大地震を知る ―そのとき珪藻化石の果たす役割は?―

■はじめに
 今回の珪藻トピックは、珪藻とは縁もゆかりもないように思われる「地震・津波」の研究分野との関わりについてです。
 2011年に発生した東北地方太平洋沖地震の例からも明らかなように、海域で発生する巨大地震や津波は海岸に大きな影響を及ぼします。それは、地盤の変動による環境変化であったり、津波による大量の土砂移動であったりします。こうした海岸の変化は地層中にも何らかのかたちで残されますが、過去の地震の情報を地層から詳しく読み取るのは、地質の専門家にとっても簡単ではありません。こうしたなか、過去の地震が残した痕跡を読み取る方法の一つとして注目されているのが珪藻化石なのです。珪藻は、淡水と海水が混じるような海岸において、塩分や底質(その場所にたまっているものの種類.例えば、砂か泥かなど)によって異なった種構成となることが分かっています。また、その遺骸が化石として地層中に残されやすいため、過去の事象を検討するのに適しています。地質学や考古学の研究分野では、こうした珪藻の性質をふまえ、地層中の珪藻化石を調べることで、その地層がたまった当時は淡水環境だったのか、あるいは海水環境だったのかを調べることに応用されてきました。近年ではそうした研究を発展させ、過去の地震(古地震)や津波を調べる学問分野である「古地震学」に利用する動きが目立ってきています。今回のトピックでは、地震に関する基本的な知識を交えながら、珪藻がどのように地震や津波の研究に貢献しているかについて紹介したいと思います。
■海岸で起きる大災害 ― 巨大地震と津波 ―
 私たちが生活する地球の表面は、十数枚の巨大な板状の岩盤(プレート)で覆われており、それらのプレートはそれぞれが別々の方向に移動しています。これらのプレートがぶつかり合う場所では「海溝(かいこう)」や「トラフ」と呼ばれる海底地形ができ、巨大地震や津波が繰り返して起きる場所として知られています。海溝やトラフで発生する地震を海溝型地震(かいこうがたじしん)といいます。海溝型地震のうち、プレートの接する面で発生する地震を“プレート間地震”あるいは“プレート境界地震”と呼びます。
 プレート間地震は、おおむね同じ場所が破壊して発生すると考えられています。しかし、まれにですが、隣あう別々の領域が同時に破壊して異常に大きな津波を引き起こします。こうした地震は、領域同士が連動して破壊することから「連動型地震」と呼ばれます。2011年に東北地方太平洋沖で発生した超巨大地震もこの一種と考えられています。連動型地震による異常に大きな津波は、沿岸に大きな被害を及ぼすことが予想されることから、防災・減災のための長期予測が重要な課題となっています。
図:日本周辺のプレート。日本の地震活動―被害地震から見た地域別の特徴―(地震調査研究推進本部,2009)を改変
図:海側のプレートが沈み込む周辺で発生する海溝型地震。赤で示したところが地震を起こす断層。
■大きな地震と津波を予測するには
 地震の長期的な予測は、「以前に繰り返していたものは未来も起きる」という発想で行います。2011年東北地方太平洋沖地震が起きる前は、主に近年の観測や信頼性の高い歴史記録によって明らかになっている地震の発生履歴に基づき、巨大地震の発生確率が計算されていました。しかしながら、機器観測による記録はせいぜい100年程度しかさかのぼることができません。歴史記録も、場所によって残されている期間が違いますし、その信頼性にもばらつきがあります。従って、「千年に一度」といわれる大災害は予測が難しいという問題点がありました。この問題点を解決すべく注目を集めているのが、地質記録を利用して過去の地震や津波を復元し、その再来間隔を知ろうとする試みです。
 地質学的な記録は、条件がそろえば数年レベルでの過去の環境変動を調べられることもありますが、たいていは10年~100年以上の時間精度でしか環境変動をとらえることができません。この点において、地震計などの観測機器に劣るということは認めざるを得ません。しかしながらその一方で、状態のよい地層は数千年以上の記録を残しているため、まれに起きる大災害の再来間隔を知るには最適のアプローチと言えます。国の中央防災会議もこの点に注目し、「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」では、今後想定すべき地震・津波について「これまでの考え方を改め,古文書等の分析,津波堆積物調査,海岸地形等の調査などの科学的知見に基づき想定地震・津波を設定させ,地震学,地質学,考古学,歴史学等の統合的研究を充実させて検討していくべきである」という趣旨を盛り込んだ提言を2011年9月に公表しています。
図:様々な記録と海溝型地震の繰り返し間隔。繰り返し間隔が長い超巨大地震は、長期間の履歴を調べられる地質記録のみがとらえられる。澤井(2014a)より。
■泥炭層は自然が残した古文書
 過去の地震や津波を示す地質学的な証拠は様々なものがあります。例えば、地震動による液状化の痕跡や、津波によって運ばれた巨大な礫(大きな石)などです。私は、そうした様々な種類の証拠の中でも、泥炭(でいたん)と呼ばれる地層の中に残されている地震と津波の証拠に注目しています。泥炭とは、植物類が死んだあと、その遺体が分解されずに静かに堆積していくものです。泥炭には、当時生育していた植物の化石だけでなく,珪藻の化石も多く含まれます。また、海岸の泥炭には、過去の津波によって運ばれた地層(津波堆積物)が見られることもありますし、そこに含まれる化石の変化から過去の海水準がどこにあったかを知ることもできます。さらに、泥炭に含まれる植物化石は年代測定の材料になったりします。こうした特徴を持った泥炭層は、いわば自然が残した古文書といえるでしょう。
 海岸では、過去数千年間の環境変動を記録した泥炭層が見つかることがあります。巨大地震が発生した米国アラスカ州やワシントン州、南米チリなどでは、この泥炭層を丹念に調べることで、過去の地震がいつ・どのように起きたかを明らかにすることに成功しています。日本では、北海道東部や東北地方の沿岸で同じような研究が行われています。そうした研究を行う際、泥炭層に残されている珪藻の化石は大きく活躍してきました。

図:泥炭層の中には昔の植生を反映した植物化石や珪藻の化石などが多く含まれており、地層そのものが「古文書」としての役割を果たす。
■珪藻は天然の水深計
 冒頭で述べたように、海岸周辺で生育する珪藻は塩分などの違いによって細かくすみ分けています。特に、高潮位から平均潮位付近に生育する珪藻については、海水の冠水時間つまり平均潮位からの高さに応答して分布していることも分かっています。こうした分布の特徴は、海岸の珪藻が“天然の水深計”として扱えることを示しています。過去の地震が研究されてきた地域では、このような珪藻の特長を生かし、現在と化石の珪藻群集を比較することで、地震が発生する前、発生した時、そして発生した後にどれだけの地殻変動が起きたかということが議論されてきました。
図:現在と化石の珪藻群集を比較することにより、過去の塩分や水深を復元し、そこから地殻変動を読み取っていく。
図:それぞれの種が特徴的な分布域をもつ海岸の珪藻(澤井,2005)
■珪藻化石を使った過去の地殻変動の復元
 地殻変動とは、私たちが生活している大地が動く現象のことです。山のなかでは数メートル程度の地殻変動を実感するのは難しいと思いますが、海岸では海水面を基準にして、その変動を実感することができます。
 数千年とか数万年の時間規模で考えると、海水面は現在と大きく違った時期がありました。しかしながら、数ヶ月や数年程度の時間規模では、海面の高さは変わらないと言えます。従って、その海面の高さを基準にすると、短期間に起きた地殻変動を読み取ることができます。例えば地震が起きて地盤が隆起した場合は、海水面が相対的に下がったように見えます。逆に、地盤が沈降すると、海水面は上昇したように見えます。こうした変動は、“海水準変動”として海岸の泥炭層中にその記録を残します。
 過去の地殻変動を復元した具体的な例として、北海道東部の研究を紹介します。私と同僚たちは、北海道東部にある藻散布(もちりっぷ)という小さな入り江で、過去の地震の証拠を明らかにするための掘削調査を行いました。そして、採取された堆積物の観察を行ったところ、泥炭層の中に17世紀~18世紀に北海道南部(樽前火山と駒ケ岳火山)から飛ばされてきた火山灰の層が見つかりました。また火山灰層のすぐ下には、17世紀の巨大津波によって運ばれた津波堆積物も見つかりました。この17世紀の巨大津波の前後で当時の海岸環境がどのように変化したのかを知るために、堆積物中の珪藻化石を調べ、さらにその珪藻化石群集と周囲の現生珪藻群集の分布を統計的に比較しました。この結果、地震前の海岸は非常に速い速度で沈降していたことが明らかになりました。そして、この海岸の標高は地震の前後ではほとんど変わらず、地震の後にゆっくりとした隆起に転じていたこともわかりました。堆積物中の火山灰層の年代から判断して、このゆっくりとした隆起は数十年間続き、またその隆起した量は1~2mと推定されました。
 地震の後に起きる地殻変動を、地震学の専門用語で余効変動といいます。通常の余効変動は、数日から数年くらいしか継続しないと考えられています。一方で、1960年チリ地震(M9.5)、1964年アラスカ地震(M9.2)のようなM9クラスの地震では数十年規模で余効変動が継続しています。チリやアラスカの例を参考にすると、17世紀の北海道で発生した地震は、余効変動だけ見ればM9クラスの超巨大地震に匹敵するものだったことを示しています。珪藻化石の観察が、未知の地震を発見したといってもいいでしょう。
■巨大津波の地質記録
 津波が押し寄せたとき、強い水流によって海底や海岸の一部が削り取られ、削り取られたものが運搬されて別の場所に残されます。これを「津波堆積物」と呼びます。泥炭層は静穏な環境で作られるため、突発的な出来事によって残された津波堆積物は非常に見つけやすく、過去の津波の痕跡調査の際に好まれる場所です。
 日本では、北海道や東北地方の泥炭層から過去の津波堆積物が見つかっています。北海道では、巨大津波を示す古い津波堆積物が何層も見つかっており、過去6000年くらいの浸水履歴が明らかにされています。また、東北地方では、仙台平野の地下に分布する泥炭層中から、西暦869年貞観地震による津波堆積物が見つかっています。
 津波堆積物は、その分布範囲を調べることで、津波が襲来した当時のおおよその浸水範囲を知ることができます。また、津波堆積物の堆積年代を詳しく調べれば、巨大津波の再来間隔を推定することができます。こうした利点から、津波堆積物の研究は防災・減災の分野から注目されていますが、実は、津波堆積物について長く勉強している研究者にとっても、野外で見て「これは津波堆積物だ!」とすぐに結論づけることは非常に難しいことです。まずは、津波堆積物の候補となる地層を見つけ、その後、周囲の地形、候補の地層に含まれる化石群集の特徴、歴史記録との対比などを丁寧に行いながら判断していかなければなりません。この検討の中で、珪藻化石は「堆積物が海から来たのか、陸から来たのか(海成か、陸成か)」を判断する重要な役割を果たすことが多くなっています。最近では、堆積物が海成か陸成かといった議論にとどまらず、珪藻化石群集の種構成の特徴から、津波堆積物がたまっていく過程を読み取ろうとする研究も出てきています。
図:2011年東北地方太平洋沖地震による津波で海岸に残された津波堆積物(左:澤井,2011,右:澤井,2014b)。
図:産業技術総合研究所地質標本館に展示された津波堆積物のはぎ取り標本。赤い矢印が、西暦869年貞観地震の津波によって残された津波堆積物。
■おわりに
 過去の地震や津波を復元する研究は、地形学、地質学、歴史学、地震学、古生物学、地球化学などの様々な知識を集め、総合的に議論を進めていく境界領域の学問です。今回紹介した研究を通し、珪藻はこの学問分野において一翼を担う重要な位置を占めるようになってきました。今後も、珪藻の化石を足がかりにして、人類が経験したことのない「未知の地震・津波」が解き明かされていくのかもしれません。
■引用文献
  • 澤井祐紀(2014a)教育・普及活動のための津波堆積物のはぎ取り標本.GSJ地質ニュース,3,53-59.
  • 澤井祐紀 (2014b) 古地震研究において珪藻化石分析が果たす役割.Diatom,30,57-74.
  • 澤井祐紀(2011)堆積物に残された巨大地震や津波の痕跡を探る.産総研TODAY,2011-10,10-11
  • 地震調査研究推進本部地震調査委員会編(2009)日本の地震活動―被害地震から見た地域別の特徴―(第2版).財団法人地震予知総合研究振興会地震調査研究センター,496pp.
  • 澤井祐紀 (2005) 17世紀に発生した巨大地震とその余効変動による北海道東部の隆起.なゐふる,51,6-7.
■参考文献 ―今回のトピックに興味を持たれた方々へ―
  • 『きちんとわかる巨大地震(増補第二版)』産業技術総合研究所,白日社,2012年.
  • 『デジタルブック最新第四紀学』日本第四紀学会電子出版編集委員会編,日本第四紀学会,2010年.

2013年12月12日 



  澤井祐紀(Yuki SAWAI)
  独立行政法人 産業技術総合研究所
  活断層・火山研究部門
  海溝型地震履歴研究グループ
  主任研究員
 

 研究テーマ
  • 地層の記録から過去の地震を調べる研究
  • 珪藻を使った過去の環境変化を復元する研究


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