珪藻トピック(2013年7月19日掲載)


第1回 珪藻の化石から過去の環境を探る

■身近で小さな生物,珪藻
  珪藻は、様々な水域に生育している植物の一種(微細藻類)です。目には見えないほど小さな生物ですが、池や川、海などあらゆる水域に生育しています。 珪藻の「珪」は、珪素(Si)を意味し、珪藻が細胞内にガラスと同質の殻を持つことを表しています。これが珪藻の大きな特徴で、顕微鏡で観察すると、殻の精緻で美しい模様を観察することができ、殻の形や模様によって種分類を行うことができます。珪藻のもう一つの特徴は、水域の水質(pH、塩分、栄養、温度など)によって、生育している量や種の組み合わせ(群集構造)が異なることです。ですから、様々な水域で調査を行うことで、水域の特徴と珪藻群集の関係が明らかになります。これらの情報に基づき未知の水域の珪藻群集を調べれば、その水域の環境を生物から評価することができるのです。加えて珪藻には、今回のお話に大きく関係する特徴があります。それは、珪藻の殻が、恐竜の骨やアンモナイトの殻と同じように、化石として残り、地層から豊富に産出するということです。

■地層から過去の地球環境を知る
 過去の環境(古環境)を知ることは、未来の地球環境を考える上でとても大きな意味を持ちます。なぜなら、未来を予測するためには、過去に起こった出来事の規模や繰り返し性を知ることがたいへん重要だからです。しかし、人類が環境に関する観測記録を蓄積し始めたのは、地球の長い歴史から比べると、ごくごく最近のことであるため、過去の地球環境が長い時間をかけてどのように変化してきたかを知る手段は非常に限られています。地層を解析することは、その数少ない手段のひとつです。地層には、人類が地球上に誕生するずっと前に形成されたものもあり、そこには過去の地球に起こった変化が様々な形で保存されています。その有力な情報の一つが、化石です。最初に述べた珪藻の環境に対する特徴は、化石にも応用することができます。つまり、地層中の珪藻化石の種類や量(珪藻化石群集)の変化を調べることで、珪藻に影響を与えた過去の環境要素を知ることができるのです。水質に関する環境要素-pH、塩分、栄養、温度など-の多くは、直接は地層中に保存されませんから、珪藻化石群集が示す過去の環境(それぞれの珪藻群集がどのような環境に生育していたか)は大変貴重な情報です。地層は古いものの上に新しいものが重なるように形成されていきますから、地層の下から上に向かってその情報を順に読み解くことで、過去の環境の変化が時系列的に明らかになります。
 さて、地層は野外の崖などに露頭としてもみられますが、孔を開けて地下から取り出すこともできます。この作業をボーリング、取り出した地層をボーリングコアと呼びます。私たちに身近な場所では、地下水を汲み上げたり、建造物などの地下地盤の構造を調べる目的でボーリングが行われていますが、海上に巨大な調査船を浮かべ、そこから何1000mも下の海底をボーリングする場合もあります。またボーリングで取り出す地層の長さも数10㎝から1000m以上のものまで、用途や研究の目的によって様々です。また、多くのボーリングは時間も費用も必要です。このため、ボーリングをおこなう前には、近隣における地質調査や物理探査(音波や振動を発生させ、その反射によって地下の構造を推定する)を行い、目的に合ったボーリング場所を選定することも重要です。

■猪苗代湖の成立過程から現在までを明らかにするボーリング調査
 珪藻化石など地層に含まれる情報から復元できる過去の環境は、海水準の変動による古地理変化、プレート性地震に伴う巨大津波の来襲履歴、人為的な環境改変など様々です。ここからは、その一例として、2012年に猪苗代湖で行われたボーリングと、採取されたボーリングコアを用いた研究を紹介します。福島県の内陸部に位置する猪苗代湖ができたのは5万年ほど前で、現在の猪苗代湖北西部で起こった岩屑なだれがきっかけであるとされています。しかし、その成立過程やはっきりとした時期は、まだわかっていませんでした。湖底の堆積物には、湖の周辺にある活火山の活動や気候変動の影響など、猪苗代湖の成立から現在までの湖やその周辺の環境変化が、継続的に記録されているはずです。しかし、このこともわかっていませんでした。これらの謎が、今回のボーリング調査によって明らかになりつつあります。
 ボーリングは、フローターを組み合わせた台船から重りを湖底に沈めて台船を固定し、そこに陸上でのボーリングと同様のやぐらと、ボーリングマシンを設置して行いました。台船からガイド管を水深約90mの湖底まで下ろし、口径86mmのシンウォールサンプラーを先端に取り付けたボーリングロッドが、ガイド管の中を行き来します。シンウォールサンプラーの中に組み込まれたサンプリングチューブの長さは1mで、1回の押し込みで長さ80〜90cmの堆積物を採取することができます。つまり、30mの厚さの堆積物を採取するには、サンプリングチューブの押し込みとシンウォールサンプラーの上げ下げを最低でも30数回繰り返すことになります。約2ヶ月かけて掘削されたボーリングコアは研究室に運ばれ、今後の研究のために必要な観察や処理が行われました。コアは、湖底から約28mの深さまで採取することができました。コアの岩相(色調や粒度、含有物など、主に肉眼で判断できる地層の構造)につて詳細な観察を行った結果、基底から数mは、下部から順に砂礫や砂層、木片を含むシルト質の細粒砂層、シルト層から構成されていました。この地層は、この地域が,河川のような水の流れのある環境から大きな水深を有する湖に変化する過程を記録していると考えられます。それより上からコアの最上部(現在の湖底で,地層が形成されている層準にあたる)までは、主に灰白色粘土と黒色粘土の縞々からなり、湖が成立して以降、水流などによってかき乱されることのない静穏な環境で継続的に堆積したものであると考えられます。
 これまでの研究により、掘削されたコアには、珪藻以外にも花粉など様々な化石が含まれていることが分かりました。また、地層が形成された時期を知ることができる火山灰なども含まれていました。 今後、分析を進めることにより、先に述べたような古環境がどんどん明らかになっていくでしょう。またボーリング調査では、現在から過去数100年〜1000年程度のコアを調べることで、人間の活動が自然に対してどのような影響を与えたかを明らかにすることができます。猪苗代湖の調査は、過去の人間による環境改変から今後への影響を予測し、自然に対して私たちがどのようにアプローチするべきかを考えるための情報も提供することになるでしょう。
 今回紹介した猪苗代湖の古環境に関する研究は、福島大学共生システム理工学研究科が実施する「磐梯朝日遷移プロジェクト」の一環として行われています。プロジェクトの詳細についてはプロジェクトホームページ(http://www.sss.fukushima-u.ac.jp/bandai-asahi-project/)をご覧下さい。

2013年7月15日 廣瀬孝太郎




廣瀬 孝太郎(Kotaro HIROSE)
国立大学法人 福島大学大学院 共生システム理工学研究科
研究プロジェクト型実践教育推進センター 自然共生・再生プロジェクト部
特任助教

研究テーマ:
・珪藻の種分類,水質に関する生態
・珪藻が化石になる過程で受ける影響
・第四紀の古環境(自然環境変化・人為的環境改変)と珪藻群集の関係
・プレート性地震に伴う津波堆積物の来襲履歴


質問・感想などを送る

*本ページの文章・図・表など,全ての著作権は筆者および日本珪藻学会に帰属いたします。無断転載・引用を固く禁じます。
010682
Yesterday: 2 Today: 3