珪藻トピック 特集: 珪藻化石から地球の過去を探る(連載全3話)(2014年3月3日掲載)

第3回:小さな生物が紡ぐ生物多様性(第3話)

■珪藻化石から探る過去の地球
 海の生物を育む珪藻という植物プランクトン。生きているときは海中を漂っているのですが,死んで海底に堆積したものは,化石として手にすることができます。そこで,研究者たちは珪藻化石を使って堆積物が積もった年代や,過去の水温・水深・塩分濃度などを調べる研究を行ってきました。珪藻はこれまでに数万種が報告されており,どのような環境に生きている(生きていた)かがわかっているものもいます。海底や崖から採集した堆積物の中にそのような珪藻化石が含まれていれば,時代と共に変化してきた世界中の過去の海洋環境を明らかにできるのです。
 微化石研究者が扱っているサンプルは,現在のものから,古くは数億年前のものまでとさまざまです。古い時代のサンプルを調べることで,どのようなことが分かるのか,今回は海に住む珪藻の仲間「キートケロス属」の化石を使った研究を紹介しましょう。
■休む植物プランクトン
 珪藻化石の研究は,現在にいたるまで約170年間行われてきました。この間,たくさんの種が分類・記載され,過去の地球にも多様な生物がいたことが明らかになりました。しかし,こんなにも長い間研究されてきた珪藻化石にも,まだまだ研究されていないグループがいます。それが,キートケロス属の珪藻です。
 キートケロス属は沿岸域に普通にいる珪藻の仲間です。その光合成量は海に住む珪藻の1/4以上にも達するともいわれ,沿岸域に集まる魚の大切な餌となっています。例えば南米ペルー沖やアフリカ西岸,北大西洋,そして日本近海など世界の漁獲量が多い海域ではこのキートケロス属がたくさん生育しています。では,なぜこのような海域に多いのでしょう?
 珪藻は光合成をして栄養を作るだけでなく,海水からも窒素やリン,ガラスの殻を作る材料となるケイ素などを取り入れ,成長し分裂を繰り返して数を増やしていきます(図3-1)。普通,珪藻は光の強い夏季を過ぎると,海水の栄養を使い果たし増えることができなくなり,数が減っていきます。しかし,キートケロス属の珪藻は「休眠胞子」と呼ばれる種(たね)のようなものを作って,栄養が少ない時期を生き抜くことができるのです。キートケロス属の休眠胞子は動物プランクトンや魚に食べられて,糞として海底に落ちていきます。休眠胞子は非常に殻が厚いため,消化されずに海底にたどり着きます。数か月から数年…,海底で生き延びた休眠胞子は,運が良ければ海水の巻き上げに遭遇し,海底から水面近くまで運ばれます。このとき休眠胞子は,海底にあった生き物の死体や堆積物から長い時間をかけてしみ出てきた豊富なミネラルなどの栄養を含んだ海水と共に,光のあたるところまで巻き上げられるのですが,この海水の中にはほとんど他の珪藻がいないのです。そこで,キートケロス属の珪藻は栄養をひとり占めにして発芽をし,その後どんどんと数を増やしていくのです。

図3-1.キートケロス属の生活環
 分裂中のキートケロスの周りの海水には他の珪藻はほとんどいないため,巻き上げなどによる栄養の供給が起こりやすく,また栄養の枯渇が繰り返されるような沿岸域にはキートケロス属がどんどん増えていきます。 このような沿岸域ではキートケロス属をエサにする動物プランクトンがたくさん増殖し,さらにそれをエサとする魚などが集まって豊かな漁場となるのです。海底で栄養が来るまで「休む」という戦略が,キートケロス属を栄えさせたのです。
■キートケロス属休眠胞子の分類
 栄養が豊富にある環境で分裂して増えるときのキートケロス属の珪藻の殻は非常に薄く,化石になることはほとんどありません。しかし,堆積物の中には殻が厚く丈夫な休眠胞子の化石がたくさん見つかります。約170年前の論文にも休眠胞子化石のスケッチが載っており,珪藻研究が始まった当時から休眠胞子化石の存在は知られていました。しかし,他の珪藻を分類するときに役立つたくさんの穴が休眠胞子にはほとんど開いていないのです。このため,これまで休眠胞子化石の分類はほとんど行われてきませんでした。そこで,私はこのキートケロス属休眠胞子化石の分類を行うことにチャレンジしました。長い時間と忍耐力を使って,どうにかこうにかたくさんの休眠胞子の分類を行うことができました(図3-2)。そして,その結果,過去に海で起きた大きな生物進化が見えてきたのです。

図3-2.いろいろなキートケロス属の休眠胞子(電子顕微鏡写真とスケッチ)
■約3300万年前のイベント
 これまでほとんど研究がされてこなかった海の植物プランクトンの仲間である,珪藻キートケロス属休眠胞子の化石。その分類をした結果,面白い現象が見つかってきました。
 そのひとつが約3300万年前に起きたキートケロス属休眠胞子の多様化と多産イベントです。これは大西洋域で掘削されたコアサンプルの分析から明らかになりました。この時代までは,一次生産を行っている主要な海の植物プランクトンは珪藻ではなく,渦鞭毛藻(うずべんもうそう)や円石藻(えんせきそう)と呼ばれるグループでした。しかし,約3300万年前に,それらに代わって珪藻が海の一次生産者の主役に躍り出たのです(図3-3右)。さらに,キートケロス属休眠胞子の種類がそれ以前よりも数倍に増え,その産出量も急増していた事実もわかったのです。

図3-3.5500万年前からの海の一次生産者の変化(右),クジラ類やアザラシの仲間など海生哺乳類の進化(中),地球環境の変化(左)
 現在の海洋では,キートケロス属の光合成量は海全体で行われている全光合成量(陸上の全光合成量に匹敵します)の1/4にもおよんでいることから,約3300万年前にキートケロス属が海洋で非常に重要な役割を担うようになったことが推測されます。
 約3300万年前,地球ではいったい何が起きていたのでしょう。そのヒントが南極大陸にあります。この時代,南極大陸は南米大陸とオーストラリア大陸につながっていました。しかし,長い時間をかけて両大陸は移動し南極大陸から離れていき,現在のような孤立した大陸となりました。それにより南極環流と呼ばれる南極大陸をぐるりと回る海流が形成されました。海流が周りを回っているため,赤道付近からやってくるような暖かい海流は南極の方に行くことができません。やがて南極は温められることなくどんどんと冷え,氷床が発達していきました(図3-3左)。さらに,私が参加した統合国際深海掘削計画(IODP)による北極掘削航海からも北極周辺でこの時代に氷が発達し始めたという証拠が新たに確認されました。つまり,約3300万年前の地球は,それ以前は暖かかった地球が,南極でも北極でも氷が発達する寒い環境に変化していったのです。
■約850万年前のイベント
 さらに850万年前にも北太平洋域でキートケロス属休眠胞子化石の産出量が急激に増加するイベントが確認されました。しかし,先ほどの大西洋域での約3300万年前のイベントとは異なり,種類が増加するということはありません。
 では,850万年前の北太平洋周辺では何が起きていたのでしょう? この時代も南極や北極で氷が発達し,地球全体が急激に寒くなっていったことが分かっています。さらに,約5000万年前にインド大陸がユーラシア大陸に衝突しヒマラヤ山脈が上昇していった結果,日本の気候にも影響を与えているモンスーンがこの時代に発達したと言われています。
■なぜ休眠胞子が増えたのか?
 3300万年前と850万年前に起きた地球環境の変化の共通点は,地球全体が寒冷化していったということです。キートケロス属は海水中の栄養が無くなると休眠胞子を作り,海底に落ちて眠ります。そして,海底からの海水の巻き上げ(湧昇)により栄養とともに海面近くまで運ばれ再び増殖を繰り返すという特徴を持っています。
 3300万年前以前の地球は非常に暖かく,海洋は温かい上部と冷たい海底の二つにはっきりと分かれていました。しかし,地球全体が寒くなったことにより海面の水が冷やされます。冷たい水は温かい水よりも重いため,海面の水は沈み込み,逆により温かい海底の水が栄養や休眠胞子とともに湧き上がる現象が沿岸のそこかしこで起きるようになります。そして,世界中の海洋を2000年近くかけて一周するような深層大循環も始まったと言われています(図3-4)。まさにこの時代には,世界中の海が大きな変化を遂げたのです。3300万年前よりも昔には,休眠という戦略を持った珪藻の仲間は少なかったため,巻き上げによる栄養の供給が起きるような場所が多くなった沿岸域でキートケロス属が優位に立ち,その種類を増やし繁栄していったのです。

図3-4.深層大循環の道筋と海水の巻き上げ現象(湧昇)が起きている場所
 さらに,850万年前にはモンスーン,つまり強烈な風により大陸から埃が海に運ばれやすくなりました。この埃には,大陸地殻に豊富にあり珪藻の成長に必要な鉄や,珪藻の殻の材料になるケイ素などの珪藻にとって栄養となる物質が含まれています。そのため,寒冷化による海水の巻き上げだけでなく,陸上からの栄養供給まで加わって,キートケロス属の珪藻は数を増やしていったのではないかと考えられます。
■キートケロス属の繁栄が海の生物の繁栄をもたらした?
 現代の海洋でも魚の餌となるなど重要な役割を果たしているキートケロス属の珪藻が約3300万年前を境に,急激に多様化し増加していったその時代,それまで陸上で生活していたクジラの祖先が海に帰っていったことが知られています。そして,これらの祖先から海の中で上あごについているクジラヒゲを使ってプランクトンをこしとって食べるヒゲクジラや,頭から音波を出して,獲物との距離を測れるハクジラの仲間が多様に進化していきました.そして,キートケロス属の休眠細胞が急激に増加する850万年前にもイルカなどのハクジラ仲間が進化を遂げています(図3-3中)。これはただの偶然の一致でしょうか? ひょっとしたら,キートケロス属が増えたおかげで,それをエサとする動物プランクトンや魚が増え,それをエサとするクジラなどが様々に進化することができたのではないでしょうか? クジラの他にもアザラシやラッコなどの海洋生物も多様化していることが分かっています。海水の巻き上げによって栄養がもたらされ,珪藻だけでなく,コンブなどの植物やホタテ,ウニなどがたくさん育ち,沿岸環境の生物多様性が増したおかげでこれらの生物が増えていったのかもしれません。
 0.1ミリ程度の目に見えないくらい小さな生物,珪藻。食物連鎖の底辺を担う生物の進化が地球環境の変化によってもたらされ,その結果,現在のようなクジラのような大型生物まで繁栄できるような海洋の生物多様性がもたらされている(図3-5),そう考えると,これからも母なる海,そして地球の環境を大切にしていかなくてはいけないのだと実感できないでしょうか。

図3-5.海の食物連鎖

2013年12月25日 須藤 斎


須藤 斎(Itsuki SUTO)
国立大学法人 名古屋大学 環境学研究科
地質・地球生物学講座 生物圏進化学研究室
准教授

研究テーマ
  • 珪藻(特に休眠胞子)化石の分類
  • 珪藻がどのように変化(進化)してきたかを調べる研究
  • 数千万年前からの地球環境変動によって珪藻化石群集がどのように影響を受けてきたかを明らかにする研究
  • 珪藻化石群集の変化によってほかの生物がどのような影響を受けたのかを調べる研究


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